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この建物は平成13年8月28日付けをもって、国の文化財登録原簿に登録されました。











なぜ保存か

この建物は、穂別町開拓の先駆者、故中村平八郎氏によって、大正10年から13年にかけて、現在のむかわ町穂別458番地(ニサナイ)に建築され、後に平八郎の長男、故中村耕平氏(穂別村第7代村長、穂別町初代町長)が受け継ぎ、現在まで築80年を経過した建物です。

平成6年に耕平氏の夫人、中村ミトリ氏は「自然豊かな森として、中村家の名跡とともに後世に残す」と、一帯の土地約31ヘクタールと併せて穂別町に寄贈されました。

寄贈された当時、建物はかなり老朽化が進んでいましたが、北海道開拓当時の下見板張洋館住宅の形を保っていること、大変骨太で手工芸に凝らない直線的な建物になっていること、内部外部ともに広葉樹を多用し、材料の吟味や良質の施工をうかがうことができることから、穂別町文化財審議会や関係者の間で保存活用の議論が進み、国の有形文化財の登録を受け、町民の見学や利用がしやすい町立博物館隣地に移設復元を行い、活用することになったものです。

平成15年10月に解体工事が始まり、平成16年11月に移設復元工事が終わりましたが、材料はできるだけ解体した材料をそのまま使い、痛みの激しい部分については新材として、建物の特徴となっている広葉樹を使いました。

現在、日本の伝統的な建物が解体されていく中、一民家を自治体が保存復元に踏み切ったことは、道内外の関係者からも注目を集めました。

特徴・評価

穂別村開拓の先駆者の邸宅。 起り屋根の玄関庇をもつ鉄板葺、片入母屋造、平屋建の主屋中核として、玄関左手に鉄板葺、切妻造、2階建、下見板張の洋館、主屋右手後方に付属屋を配置する。

北海道内陸部における大正期邸宅建築の様子を知るうえで貴重。

(登録証より)

建築者
中村平八郎
工匠
中島助次郎
  • 大正10年3月:起工
  • 大正10年9月26日:上棟
  • 大正13年4月:遂に竣成

惣材料はマコップ沢30町5反の牧場より伐採

使用された材積は900石以上 (約162.4立方メートル)

建築作業人数延べ1,050人

開拓の草分け

中村平八郎氏は、新潟県上越市高田城下の下小町で、中村屋という問屋を営んでいたが、北海道の石油調査のために明治24年に来道しました。 苦労を重ね、最終的に穂別で良質の石油を発見し、明治26年、穂別に移住することとなりました。 石油業は17年ほど続けられましたが、その後、農業及び木炭業などを営む傍ら、村役場の総代人・村会議員、農会の評議員・会長等の役職に就いています。

昭和27年9月26日死去され、村の功労者として村葬が執り行われました。

中村耕平氏は、平八郎氏の長男として明治31年に出生し、大正期に渡欧して各地を視察するとともに、一年間にわたりデンマークで酪農を研究して帰朝、消防組頭・警防団長・農協組合長・村議5期を経た後、昭和31年8月村長に就任。

当時破綻していた村の財政再建に力を注ぎ、昭和47年8月まで4期16年務めました。

平成4年9月1日死去され、町の功労者として町葬が執り行われました。

利用案内

観覧時間
午前9時30分から午後4時30分まで
開設期間
4月第3土曜日から8月31日まで
休館日
月曜日と国民の祝日の翌日
7月から8月は、毎日開館しています
観覧料
100円 (高校生以下は無料です)

洋館部1階洋室を「町民ギャラリー」として、町内の文化サークル等の、発表の場として無料開放しています。

住所、お問い合わせ先

郵便番号
054-0211
住所
北海道勇払郡むかわ町穂別80番地2他
電話番号
0145-45-3141